2005年05月29日
優れた指導者の条件:横田和幸
今週は貴重な体験をしてきた。JR京都駅から湖西線の鈍行電車に揺られ、比良駅で下車。琵琶湖、比良山の風景を横目に10分ほど歩けば、びわこ成蹊スポーツ大(滋賀)にたどり着いた。開校3年目。サッカー元日本代表DF井原正巳さんが客員教授で在籍しており、校舎には新築のにおいが残っていた。
私がJ1広島担当だった時代、同クラブで国際担当部長をしていた伊藤庸夫教授から特別講師の依頼を受けての訪問だった。「スポーツ情報論」の授業で、スポーツ記者とは? を90分間にわたって講義した。対象は入学1期生にあたる3年生の30人。
質疑応答では「記者は作文が得意でないとなれないの?」という質問から「次に欧州に移籍するサッカー選手は?」「阪神の井川投手はメジャーにいけないのか?」と多種多様。普段は原稿を書くのがメーンの仕事だけに、大人数を相手に話すことが、いかに難しいか。自己採点は赤点デビューだった。
そういえば、広島で育った選手は、指導者として成功している。小林伸二(C大阪)松田浩(福岡)ら各監督は一線級で活躍中だし、2年前に引退した元日本代表MF森保一氏は、すでにU-18日本代表コーチに就任している。彼らの共通項は、大人数を前に自分の意思を的確に伝えられる力があること。学校の授業で教師に求められる要素と、近いものがある。
広島は、選手以上に指導者の育成を手がけた組織だった。前身マツダだった日本リーグ時代の87年にオフト監督が就任。そのころから、指導者同士による4、5人のグループ討論会が義務づけられた。選手には根性論ではなく、理論で教えられないといけない。年に数回はコミュニケーションスキル発達を目指し、専門講師を招いていた。
C大阪で今季、守備を再建させた小林監督から「当時は指導者による1泊2日の研修旅行が、定期的にあった。リポートも書いていたねぇ」と聞いたことがある。例えば選手との接し方では、不調の選手には自分の真正面ではなく横に座らせ、互いに視線を合わさないで会話するのが圧迫感を与えないコツだとも教えられて、自らも経験で悟ったという。
総監督として当時、対話術の習得を推奨してきた今西和男氏は現在、吉備国際大(岡山)の教授に就任している。伊藤教授には広島在籍時、私を含めた記者育成のために、クラブ組織について講習会を開いてもらったことがある。広島出身ではないが、元日本代表DFの清雲栄純氏は法大教授に、元東京V社長の坂田信久氏は国士大大学院教授になっている。
理論的で実戦的な結果を残してきた人は、現役を引退したり、Jクラブを退団しても引く手あまたという証拠なのだろう。Jリーガーも引退後は、指導者へと進んでいく。成功するカギは、言葉の伝達をいかにうまく行えるか。過去の実績は関係ない。「話す」という行為は、奥が深い。
May 29, 2005 01:52 PM
