2005年05月23日
映画界の風雲児健在:松田秀彦
映画の世界にはこういう人物が必要なのかも知れない。かつて「映画界の風雲児」と呼ばれた角川書店元社長の角川春樹氏(63)。現在、プロデューサーとして大作映画「YAMATO 男たちの大和」を製作している。広島・尾道市内に原寸大の戦艦大和を“再現”した巨大セットを建設した。現場に足を運んでみるとその大きさに驚いた。撮影の主舞台になるなら“本物”を作ってしまう試みは予算と時間が許すなら正しい発想だと思う。これまで取材してきた俳優たちはみな、衣装やセットが演技に及ぼす影響の大きさを口にしていた。事実、美術費と呼ばれるセット予算が製作費の多くを占める作品は多い。名演技を引き出すための大切な要素なのだ。
とはいえ、8億円もかけて巨大セットを作る春樹氏の豪快さはけた外れと言っていい。主要キャストの撮影が終わっているにもかかわらず「格好がつかない」と、船首部分を2億円かけて継ぎ足した。周囲のスタッフが置いてきぼりにされそうな勢いだ。しかもこれが、麻薬取締法違反で懲役4年の服役を終えた直後の復帰作というから、その活力には驚かされる。
記者たちを前にした発言も、この人らしかった。主題歌を歌う歌手の長渕剛が現場に招かれた。こうした状況で、普通のプロデューサーは、いかに長渕がこの作品にふさわしい歌手なのか懸命に訴える。
ところが、この人は違った。「最初は中島みゆきにお願いした。そしたら断られた」と、ぶっちゃけた。思わぬ舞台裏の暴露に長渕も苦笑するしかなかった。本音をさらけ出して、メディアを引き付ける術(すべ)を持っている。さらに「刑務所にいた時、NHKの『プロジェクトX』ばかり見させられて(中島みゆきが歌う)主題歌が耳に残りまして」と服役生活のエピソードまで披露した。最後に「観客1000万人を動員する」と豪語。この人の勢いは、もうだれも止められない。
角川書店時代、映画の製作規模はもちろん、大量の予算をつぎ込み、常識を超えるスケールの宣伝キャンペーンを得意とした。ワンマンで徹底したトップダウン方式に振り回されるスタッフも多かったが、結果的にヒットさせるカリスマ的手腕の持ち主だった。
思えば、豪快なプロデューサーはみんないなくなった。映画予算が、どんぶり勘定だった時代が終わったことも背景にあるが、取材する身として少し寂しい。鶴田浩二、高倉健の任侠(にんきょう)映画シリーズや、「仁義なき戦い」などを製作した俊藤浩滋さん(享年84)は、撮影で警察官からピストルを借りてしまうような大胆な発想の持ち主だった。豪放磊落(らいらく)な性格は東映のスターたちに親しまれた。徳間書店の徳間康快社長(享年78)は、宮崎駿監督に「金はいくらかかってもいいから、納得のいくものを作って」と、自分の会社の経営危機をよそに、巨額の製作費を提供。金は出すが作品内容には一切口を出さず、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」など宮崎監督の才能を引き出した。
春樹氏は、黒沢明監督の名作「用心棒」「椿三十郎」のリメーク(再映画化)権を3億円で取得した。不朽の名作を相手にした大胆な挑戦だ。
こういう人物が映画界にいると、取材者として興奮する。そのエネルギーは映画界全体に伝わっていくはずだ。
May 23, 2005 02:29 PM
