2005年05月15日
胸痛む家族の苦しみ:中山知子
イラクで、英国の警備会社に所属する斎藤昭彦さんが武装勢力に襲われ、拘束されていることが分かった。ただ、どんな状況にあるのか、まだ詳しい情報は分からない。
斎藤さんの事件が起きるまでに5度、イラクで日本人が被害に遭っている。イラクに行った事情や背景や立場は、それぞれで違う。そんな事件が繰り返されるたびに、取材をしていてつらく思うのは、情報が分からずに時間だけが過ぎる中で、自分たちに何かできないか、とただ待ち続ける残された家族の話を聞く時だ。
昨年春、女性ボランティアら3人が武装勢力に拉致された時、家族は当初、政府に自衛隊の一時撤退を求めた。「(政府と私たちとは)温度差がありすぎる」「お話にならない」。原点は自分の家族を救いたいという一点なのだろうが、焦る思いでの発言が、エキセントリックだ、と批判されたこともあった。中傷も受けた。「正直に言って、私たちでは国は動かせない」と、ぶつけどころがない声も聞いた。
拘束が分かって解放されるまでの1週間、心労から倒れる人もいた。「何が何でも助けてほしい」というストレートな感情は、進展のない中でやがて口を重くさせた。追いつめられている様子が分かった。解放の一報がもたらされた時、ちょうど家族は会見を開いていた。言いたいことも言わず抑えていた感情から、喜びの歓声はまるで悲鳴のように聞こえた。
言葉にできない気持ちを感じたこともある。03年11月に銃撃され命を落とした奥克彦大使、井ノ上正盛1等書記官の葬儀でのことだ。外交官として、国が決めた方針を現場で動かしている中の惨事だった。
弔辞を読んだ小泉首相は「ご家族の誇りであると同時に日本国民の誇り」と、祭壇の遺影に語りかけた。祭壇の横には、2人の家族がいた。その後、参列者にあいさつを続ける家族の姿を見た。参列を終えた1人1人に頭を下げていた。涙を隠そうとしない人、必死につらさを押し殺した表情の人、悲しみのあまりに淡々とした表情の人…。両外交官の家族はいろんな思いがあったとしても、立場上、簡単に声を上げたり、悲しんだりすることはできなかっただろうと思う。その分、感情が押し込められていたように思えて、気分が重くなった。
今、斎藤さんの弟は毎日、記者会見を開き心境を記者に説明している。兄とは10年以上音信がないと話していたが、会見で説明する前に、まず自分が今何が起きているか一番知りたいはずだろうが、気丈に振る舞う姿をみると、さらにこちらも胸が痛む。
何もかも、日本とは制度も形も違う国で起きる考えられない事態だ。日本で待ち続ける家族には、何かしたくてもどうしようもできない歯がゆい思いばかりだろう。家族たちの心に残る痛みは、簡単に消すことはできないだろうと思う。
May 15, 2005 01:42 PM
