記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年05月05日

「10年戦争」結末は…:中山知子

 「ゆ」のひと言を聞くだけで、表情が変わるといわれる小泉純一郎首相(63)が「何としても今国会での成立を」と意気込むのが、郵政民営化関連法案。先月28日、法案を成立させるかどうか議論をするために、国会に提出された。それに先だって、自民党の最高意思決定機関の総務会で、党としての最後の調整が行われたが「反対勢力」が猛反発。了承されたのは法案の中身ではなく「法案を国会に出す」ことだった。それでも、強行突破に近いドタバタ劇だった。


 小泉首相は、大型連休前に国会に法案を提出するように指示を出していたので、この日がデッドライン。国会で取材をすると、当然ながら反対派のメンバーたちは、怒りが収まらなかった。「時間がないから(議論の)打ち切りは仕方ないとは何だ」「(反対派としての)私に1票を投じてくれた人に恥ずかしい行動はできない」。「少数の意見が通ってしまう。多数決ならぬ少数決だ」。


 「自分とは違う意見を許さないなんて、民主主義の中でとんでもないことだ」と言って、小泉首相の手法を批判する声もあった。


 聞いていて、似たようなフレーズを、10年前に小泉首相自身が口にしていたのを思い出した。


 小泉首相が初めて出馬した95年の自民党総裁選の出馬会見でのことだ。「違う意見を許さない、というのは自民党の一番悪い体質が出た」と話していた。小泉首相は既に郵政民営化を持論として掲げていた。自民党の中は既に猛反対の雰囲気だった。


 この時小泉首相は、出馬に必要な30人の推薦人を集められるかどうか、微妙な状況。何とかかき集めて、公示の受付を1時間半後に控えた午前7時半、出馬会見にこぎつけたが、絶対的な少数派。目を充血させ、郵政民営化に対する党内の厳しい空気を察し「『小泉つぶし』が強まるほど(総裁選に)出なければという思いが強くなった」と、ほえた。意見の違いから支持を得られないことを嘆くより、風当たりの強さに、やる気をみせていた。


 だが、この時は小泉首相は橋本龍太郎氏に負けて、総裁にはなれなかった。力のない少数だったのだ。


 それでも97年の行政改革推進会議で、郵政3事業のうち一部の民営化方針が決まり、その時に話を聞くと、小泉首相は「タブーを打ち破ったことに意義がある」と、勇んでいた。


 あれから10年。少数派だった小泉首相は自民党総裁、総理大臣になり、権力を握った。一時よりは下がったが、支持率は4割を確保して任期は残り1年あまり。持論の実現に並々ならぬ決意だ。


 一方で、郵政民営化法案に「反対」の議員の大半も、その思いを訴えながら選挙に勝ってきた。でも、権力を握った小泉首相を相手にすれば、数は多くても、かつてのポジションは逆転した。反対派の意見はなかなか通らない。


 ガチンコ勝負が思いもしない展開を見せるのか、やっぱり、自民党の中の争いで終わるのか。「10年戦争」の結末はもうすぐ出てくる。

May 5, 2005 01:06 PM